Lesson9



「・・・で、リヴァイ。やる気になった?」
「何がだ」

頭の中はナマエでいっぱいだが、ハンジが毎回散らかす化学室をリヴァイは掃除していると

「この間言ってた前世のやつだよ〜キミは謎が多いからね。どんな前世だったのか気になるんだよ。繋がってるって言うしね」
「・・・ああ、前言ってたやつか」

そう言えばナマエもやったと聞いた。
しかし今はそれどころでは無い。とっとと掃除をして逃げてしまおうとしたのだが・・・

「受けてくれたら、これあげちゃうんだけどなぁ〜」

そう言ってハンジが引き出しから出したのはスプレーだ。何だそれは?とリヴァイは首を傾げると

「これ、リヴァイが落ちないって激怒してた汚れだけど・・・これをシュッと掛ければ」

普通の泡のようだが、ハンジがぶちまけて落ちなくなってしまった薬剤はみるみるうちに溶けて雑巾がけをすれば元の床に戻った。

それを見たリヴァイは目を光らせてそれを睨みつける。

「・・・受ければいいのか」
「お、察しが良くて助かるよ」

やっとまともな物を作った、とリヴァイははめていたゴム手袋を外した。 丁度ナマエの事ばかり考えていた所だったので、一旦クールダウンしようと椅子に座った。

「まずは簡単な説明ね。前世治療、ヒプノセラピーとも呼ばれてる。催眠療法の一種で、人間は死後また生まれ変わるという転生論を用いてる。 自分が生まれたばかりの頃も戻れて、心的外傷を取り除いたりとかもできるんだよね。 種明かしすると、人間の脳って普段は10〜15%しか使われてないんだけどそれを催眠術で100%まで引き上げちゃおうって言う感じらしいんだけど・・・まあ専門的な話は置いておくよ。とにかく、このヒプノセラピーは、他の国では保険適応されるくらい結構メジャーな物らしいよ。」
「そうなのか」
「きっかけはミカサに教えてもらったけど、あとは私が独自に勉強した。 ってなわけで!じゃあ寝転んで、目閉じてね〜」

リヴァイは言われた通りにくっつけ合った机の上(清掃済み)に寝転ぶと、目を閉じた。

「はい、3回深呼吸して〜今からカウントするからね」

ハンジの呼びかける声が段々とふわふわしてきてカウントが終わる頃には見た事ない景色が目の前に飛び込んできた。









薄暗い部屋・・・いや、家だ。
奥にはベッドがあり、誰かが寝ているようだ。手を見れば自分らしき人物はやせ細っており着ている服もボロボロ。

少しすると足音が聞こえ、誰かがこの家に入ってきた。 背の高い帽子をかぶった男はベッドに近づいて顔を覗き込むと

「おいおいおい・・・随分と痩せちまったなぁ、クシェル」

そんな声が聞こえると

「死んでる」

聞こえるか聞こえないか、消えそうなほどの声量で呟くと男性はこちらを見た。

「お前は?生きてる方か?・・・名前は?」
「リヴァイ、ただのリヴァイ」

リヴァイと呼ばれた小さな少年はそう言うと男は壁に凭れ、帽子のつばをいじりながら

「そうか、クシェル。そりゃ確かに・・・名乗る価値もねぇよな」

そのままズルズルと床に座り、リヴァイとは向かい合わせの形になると

「俺はケニー。ただのケニーだ。よろしくな」

リヴァイはそれからそのケニーという男性にナイフの握り方や処世術、ここで生き残る方法を教えた後・・・煙のように姿を消してしまった。



***



「今の所は大丈夫?」
「・・・ああ、問題ない」
「なるべく辛い所はカットするようにしよう。この治療法は人によってはショッキングなシーンが沢山あるからね」


ハンジのカウントによりまた場面が切り替わった。



***



「兵士長?」
「ああ。私が団長になったら、君には兵士長という立場になって欲しい」
「幹部ってやつか」
「そういう事だ」
「とんだスピード昇進だ」

リヴァイは眉を寄せた。ただでさえ自分は地下出身・・・周りからの目は冷たい。そんな人間が、果たして上の立場になっても良いのだろうか。

「・・・エルヴィン。この兵団に字が綺麗なヤツは居るか?」
「は?」

エルヴィンと呼ばれた男性は首を傾げると

「人の上に立つのならそれなりの知識も教養も必要だ。読み書きは問題ないが、俺はやるからにはそっちの方もイチから学習したい。・・・で、適任は居るか?」
「ああ、それなら・・・私の知人に教師がいる。紹介しよう」
「ああ、頼んだ。」




数日後、連れてきたのは亜麻色の髪を胸まで伸ばした女性。歳は自分と同じか少し下くらい・・・スカートを摘んで頭を下げると

「初めまして。 ナマエ・ミョウジと申します」

ニコリと微笑まれ、上から下を観察する。
愛想笑いの笑顔を見たリヴァイは目を細めると

「・・・リヴァイだ」

簡単な自己紹介をすると、すぐに席に付いた。



ナマエという女性は、とてもスパルタだった。会って早々丸めたノートで頭を叩いきたと思いきや休憩のティータイムでは先程の愛想笑いとは違い、子供のようにケラケラと笑う。

自分の話はそんなに面白いものでは無いのに、どんどん話を広げてくれる話術や自分がマイナスに捉えている事もプラスにして返してくる。


・・・その日の授業後、窓から馬車に乗って帰るナマエを見送っているとエルヴィンが部屋に入ってきて隣に並んだ。

「授業は楽しかったかい?」
「・・・あ?」
「一応心配で外に人を置かせたが、彼女の笑い声しか聞こえなかったそうだから。」
「流石に女には手ェ上げねぇよ」
「ああ。 次からは要らないな」
「判断が早すぎるんじゃねぇか?まさか若い女が来るなんて思わねぇだろ。襲ったらどうする」

もちろんそんなつもりは無いが、エルヴィンは声を上げて笑うと

「そんな事、お前がする訳ないだろう」
「・・・どっからその自信が来るんだか」
「彼女もお前を褒めていたぞ。飲み込みも早く、頭の回転も速い。 そして真面目な方だと」
「・・・・・・」

褒められるなんて、慣れていない。
小さくなる馬車を見つめながらリヴァイは窓を閉めた。






ナマエがやってくる日・・・
リヴァイは布を口元に結ぶと雑巾を持って部屋中を走り回ったり、とにかく部屋の清掃を徹底的に行った。
顔を出しに来たエルヴィンは驚いた顔をすると

「リヴァイ、どうした」
「・・・客人が来るなら、それなりに綺麗にしておくもんだろう」

窓を真剣に磨く姿を見たエルヴィンは何故だか微笑ましくなり「頑張れよ」と声をかけるとゆっくりとドアを閉めた。

授業はまだ数回だが・・・リヴァイは内心、ナマエとの授業を楽しみにしていた。新しい知識を取り入れるのも新鮮なのだが、ナマエの笑顔が見ていて飽きないのだ。

窓を拭いていれば見慣れた馬車が見えてきた。リヴァイは雑巾を直ぐにしまい部屋をそわそわと歩き回る。

すると

「やあナマエ」
「エルヴィンさん。ごきげんよう」
「あ、ナマエだ!」
「ハンジさんも、ごきげんよう。お久しぶりです!」

外からそんな声が聞こえ窓を見れば、エルヴィンとハンジがナマエを捕まえて何やら話している。

「チッ・・・」

痺れを切らしたリヴァイは部屋を出ていくと外に出て、ズカズカとナマエに近づいた。


足音に気づいたナマエはリヴァイを見て微笑むと

「あら、リヴァイ。ごきげんよう」
「・・・ごきげんよう」

リヴァイの返しに驚いたエルヴィンとハンジは目を見開いていると、ナマエの持っていた革のトランクを奪う。

「行くぞ」
「ちょっと!? ・・・じゃあお二人共、失礼します」

ナマエは手を振るとリヴァイを追いかけた。



***



「リヴァイって、ナマエの事どうなの?」

ナマエが帰った後も自主勉強をしているリヴァイ。部屋に押しかけてきたハンジを横目にリヴァイはペンを走らせているとそんな質問を投げかけてきた。

「どうってのは・・・別にただの先生だ」
「ほんとにー?にしてはナマエが来る日念入りに掃除してるし、そわそわしてるけど」
「客人だからだ。」
「ふーん」

顔を上げればハンジは頬杖をついてリヴァイを見つめており、何か観察されているような気がして居心地が悪くなったリヴァイは眉を寄せた。

「ナマエはこの調査兵団本部でちょっとした噂になってるからね。 この間も帰り際に兵士に声掛けられてたし。食堂でも話題になってるの知らない?」

可愛いもんねぇとリヴァイの表情を伺いながらそんな話をすれば、リヴァイの持っていたペンに力が加わりミシ、と音を立てた。・・・害はないせいか、リヴァイはナマエに心を開くのが早かった。

周りの兵士がナマエの噂をしている・・・それを聞いただけでモヤッとしてしまう。

「人の教師に話し掛けやがって・・・」
「エルヴィンとナマエのお父さんは教師仲間だったみたいだし、エルヴィンとも仲良いよねぇ〜」
「チッ・・・」
「おっ、嫉妬?嫉妬かな?」
「嫉妬?」
「ナマエに対する独占欲が生まれてんじゃない? 俺だけのナマエ〜って」
「そんな事思った事ない」
「いやいや、イラッとしてる地点でそれは嫉妬だよ。」

そういうものなのか・・・リヴァイは初めての感覚に俯くと

「もしかしてリヴァイってば、初恋? 地下街にいた頃そういうの無かったの?」
「生きるのに精一杯だったからな、そんな事考えたことも無かった」
「なるほどね。 でも、リヴァイが抱いてるその感情は誰にでもある事だからおかしくはない。初恋は実らないって言うけど、当たって砕けろだよ!」
「砕けたら元も子もねぇだろ」
「ははっ、そりゃそうだ。 もうじきナマエの家庭教師期間も終わりだろ? あの子と一緒に居たいと思うのなら、最終日に貴方の気持ちを伝えてみれば良いよ」

ハンジはそう微笑むと椅子から立ち上がり「じゃ、幸運を祈るよ!」と親指を立てて部屋を出ていった。
残されたリヴァイはため息をついて頬杖をつく。

気持ちを伝える。
いざ頭の中でナマエを思い浮かべてその2文字を伝えようとすると喉に引っかかって出すことが出来ない。

ふと目に付いたのは紙とペン。
リヴァイはそれを手に取るとカリカリと何かを書き始めた。





ナマエとの授業も最終日となった。
明日からエルヴィンは団長に就任し、リヴァイも兵士長という階級が与えられる。

2人で野外学習という名のピクニックに連れ出され、ナマエの手作りだと持ってきてくれたサンドイッチを食べながら風の読み方や太陽で見る時間の経過などを教わった。

「・・・太陽の動きは1年中同じじゃなくて毎日少しずつ変わっています。 あと、気をつける事は季節ね。季節によって太陽の位置は変わるから・・・夏って長い事明るいけどそれは何故だと思う?」
「太陽の位置が高いからか?」
「そう。高ければ高いほど日が落ちるのは長くなる。じゃあ冬はどうなると思う?」
「位置は下がって、暗くなるのが早くなるのか?」
「正解! はい、ご褒美のたまごサンド」
「むぐっ」

口に押し付けられたリヴァイはそのままかぶりついて咀嚼する。

「時間を見たい時は棒を立てるといいわね。」
「なるほど」
「まあ雨の日とか悪天候の日は効果はないけど、どこかで役に立つと思うわ」

すると段々と風が強くなり、ナマエは被っていたカンカン帽子を抑える。それよりリヴァイ的にはめくれそうなスカートをどうにかして欲しいのだが・・・と視線を逸らすと

「・・・風がでてきたな」
「そうだね。 さ、そろそろ最後の授業をしに戻りますよ」

最後の授業・・・明日からナマエと顔を合わせる日も無くなってしまう。リヴァイは着ていたベストのポケットに忍ばせたある物に触れる。

「・・・了解だ」

ずっとこのまま、時間が止まればいい。太陽の動きなど止まってしまえばいいとさえ思ってしまう。恨ましげに太陽を睨んでもただ眩しいだけでリヴァイは目を閉じた瞬間だ。

突然の突風が襲いナマエの被っていた帽子が空を舞う。

反射的にリヴァイは前に手を伸ばしてキャッチするが体勢を崩してしまい小さな丘から転がり落ちる・・・と受け身の体勢を取ろうとするが

「リヴァイ!」

ナマエの声が聞こえ顔を上げると、ナマエリヴァイの身体を支えるために手を伸ばしてきたのが見えた。 咄嗟にその身体を抱きしめるが、2人の身体はゴロゴロと丘を転がり落ちて行った。
ただナマエが怪我をしないようにと胸の中に抱き込んで頭を手で守る。

初めて抱きしめたナマエはとても細く力を入れれば折れてしまいそうなほど華奢だった。

やっとの所で止まり、顔を上げればナマエとは鼻がぶつかる程の至近距離でリヴァイの心臓も速く鳴るのが伝わってしまいそうだ。ナマエも顔を真っ赤にして涙目でこちらを見つめてくる。

可愛い

自分らしくないワードがすぐに頭に思い浮かんだ。

「り、リヴァイ、あの・・・」
「何だ」
「顔が近い・・・」
「嫌か? 」
「嫌じゃない、けど」

ナマエはリヴァイのシャツをギュッと握ると、リヴァイの身体がゆっくりと離れジャケットの胸ポケットから手紙を取り出した。

「・・・ん」
「これは?」
「とりあえず、読め」

受け取った手紙を丁寧に開けば、ナマエは息を呑んだ。リヴァイが書いた手紙そこにはシンプルに



好きだ



これだけナマエに習っておいた結果、この文字しか思い浮かばなかった。

リヴァイがナマエに贈った手紙・・・その内容を読んだナマエは顔を真っ赤にさせ、再び涙目になると

「あなた、こういう事に関しては不器用なのね。こう言う大切な事は、口で直接言って欲しい・・・」
「生憎、俺は身体で表すタイプでな。で、返事は? 先生」

そう言うとリヴァイはナマエの頬に付いた土の汚れを親指で拭ってやる。

「私も・・・」

我慢できない。
ナマエから返事を聞く前に、リヴァイは頬に手を添えると唇を重ねた。




***



「前世の俺は・・・先生を好きになったらしい」
「そっか。あれ、今と変わんないね」
「あぁ?」

目を閉じながらリヴァイはそう悪態をつくとハンジはケタケタと笑い

「一旦やめとく?」
「・・・いや、まだいける。研究するんだろ?」
「有難いお言葉。 じゃあカウントするから場面切り替わるよ」

ハンジのカウントに合わせて場面は切り替わった。








地鳴らし・・・「天と地の戦い」と呼ばれたあの日から3年が経過した。

リヴァイの身体はもう満身創痍の状態で戦いが終わったあとすぐに治療が行われたが片足は使えない状態。他にも神経系がやられており、車椅子生活を余儀なくされた。

おまけに雷槍の爆発で片目を失い、薬指と小指も爆発で吹き飛んだ。


鏡に映る自分の姿にリヴァイは眉を寄せ、着ていたジャケットから取り出されたのは赤い箱だった。


自分の使命を終えたら、ナマエに結婚を申し込もうと思っていた。恋人同士になって、もう10年近くも待たせている・・・蓋を開けば、昔大枚を叩いて買った決して大きくはないがダイヤの指輪が入っている。

・・・しかし、今の自分の姿を見たらナマエは悲しみ一生介護をすると言って聞かないだろう。恋人にそんな人生を送らせたくはない。

だったらあの島で新しい相手を見つけて、幸せになって欲しい。



コンコン、というノックが聞こえ返事をするとアルミンが入ってきた。


「リヴァイ兵・・・いや、リヴァイさん。行ってきます。」
「ああ。気をつけろよ」

英雄となったアルミン達、今日は和平大使としてパラディ島へと出航する日だ。

「俺も後で見送りに行く。」
「はい! でも残念ですね、リヴァイさんも恋人に会えるかもしれないのに」

この怪我でもし襲撃されても足でまとい・・・リヴァイはそう言って断ったのだ。

リヴァイはキュッと唇を噛むと少し震える唇を開いた。

「・・・その件だがアルミン、頼みがある」
「? はい」
「ナマエにもし会ったら・・・俺は死んだと伝えろ」
「・・・え?」

何故?とアルミンは呆気に取られた。

「リヴァイさん!?どうして!ずっと会いたがってたじゃないですか!僕知ってます、いつもナマエ先生の写真眺めてたじゃないですか!」
「もちろん俺はアイツの事を愛してる。 だが、こんな姿を見せたらアイツは俺の世話をしたがる。アイツは教師だ。ガキ共に知識を与えるのがアイツの使命なんだから、それを奪うことはできない。邪魔なんだよ、俺は。」
「そんな・・・!」
「アルミン・・・頼む。」

リヴァイは頭を下げた。
その手には、ベルベットの生地で出来た指輪のケースを握っているが筋力が落ちているせいかその手は震えている。

アルミンは溢れそうになった涙を拭うと

「・・・分かりました。ナマエ先生にはそう、伝えます」
「・・・ああ。ありがとう」

アルミンは頭を下げると、リヴァイの家を後にした。

1人になったリヴァイはハァ・・・とため息をつくとやるせない気持ちになり前髪を掻きむしった。





それから1年後・・・パラディ島との和平条約が結ばれた。 アルミン達も定期的にミカサ達に会いに行っているようで、ジャンは行くたびに髪型を気にしている。

「リヴァイさんも、行きませんか?」
「俺は死んだ事になってんだ、行けるわけねぇ」

もしナマエに会ってしまったら、自分の決意が無駄になってしまう。

「大丈夫ですよ。今では人口も増えましたし・・・こっそり様子見るってのはどうです?」

正直、リヴァイもナマエに会いたかった。
しかし見ただけで気が済むわけが無い。もし隣に知らない男が居たとしたら発狂してしまう。

自分で他の男と幸せになれと願っておいて、それはダサすぎる・・・とリヴァイは首を振ったが

「変装すればいいじゃないですか。 っていうか、リヴァイさんが車椅子って知らないわけだし」

ガビの呑気な声にファルコは窘め、アルミンもあははと笑うと

「エルヴィン団長とか他の方にも久しぶに会い行きましょうよ。」
「・・・仕方ねぇ、バレねぇように工夫はさせてもらうからな」

そんな事言われてしまえば断れない・・・こうしてリヴァイは4年ぶりにパラディ島へと帰ることになった。






マーレからパラディ島はさほど遠くなく、船に揺られること数時間で到着する。

久しぶりにみた景色にリヴァイは片目を細めるとファルコに車椅子を押してもらいながら島へと踏み入れた。

島はあれから発展しており、遠くからは汽車の汽笛が響き渡る。

「懐かしいな」
「はい。ちょっと道も変わってて・・・こっちです」

ファルコもガビもキョロキョロとしながらアルミンの後を追いかけ、しばらくすると墓地の入口にたどり着いた。

兵団の墓地のブロックは奥にあり、民間人の墓も一緒になっている。昔は何度も訪れていた墓地に久しぶりに来たリヴァイは途中でガビが買ってきた花を墓に供えた。

「エルヴィン、全部終わったからな。」

他にも特別作戦班達の墓にも顔を出していたが途中で空の雲行きが怪しくなってきた。

「一雨きそうですね。」
「続きは明日にしましょうか」
「ああ・・・」

そう言ってやや早足で墓地を抜けようとしていると、リヴァイはある墓石に目が行った。

「ファルコ、止めろ」
「はいっ」

突然の事にファルコは急ブレーキを掛ける。



リヴァイが目にした墓石には


822-857
ナマエ・ミョウジ
ここに眠る


同姓同名だろうか?リヴァイの身体から血の気が引き、ドクドクと心臓が鳴り響く。
アルミンも墓石を見ると「えっ」と驚いた声を上げて固まってしまった。

「ま、まさか・・・はは、リヴァイさん。そんな訳ないですよ」
「いや・・・年号を計算しても、アイツと同じ年だ」

そう言い切るとガビが辺りを見渡して通りかかった中年の女性に声を掛けた。

「あのっ、このお墓の方って・・・どんな方でしたか?」

女性は立ち止まりナマエと書かれたお墓を見ると「ああ」と頷く。

「ナマエ先生ね。 ここトロスト区にある学校の先生だったの。とっても綺麗な人でね・・・半年前くらいに亡くなったわ」
「な、何でですか・・・」

震える声でファルコがそう聞くと、女性は悲しそうに

「それが、分からないのよ。突然体調を崩して、私も息子達が世話になってたから保護者で面倒を見に行ってたんだけど・・・あっという間に衰弱してしまって・・・とても良い先生で評判は良かったの。 亡くなる間際、手紙を大事に持っていて・・・大切なものだったのかしら?そのまま一緒に埋葬されたわ」
「そう、なんですか・・・ありがとうございます」
「いえいえ」

女性は微笑むとそのまま墓地を出て行った。

「本当に、ナマエなのか・・・」
「リヴァイさん・・・」
「すまない、お前達・・・1人にしてくれないか」

しかし、もうすぐ雨が降ってしまう・・・アルミン達は戸惑ったが分かりました、と頷くとリヴァイを残して墓地を出て行った。

残されたリヴァイは墓石をただ眺めたまま

「ナマエ・・・」

俺の選択が間違っていた。
ナマエはいつもの様に割り切って、プラスに考え、新しい幸せを見つけてくれるなんてそんな勘違いをしてしまった。

考えればそうだ、ナマエと会えない間リヴァイもナマエに会いたい、会って抱きしめたい。そればかりを考えていた。


もしあの日・・・アルミンに自分は生きている。マーレに来いと言っていればナマエと今頃慎ましく暮らせていたのかもしれない。

「ナマエ・・・すまない、すまなかった・・・」

きっとナマエは自分を恨んだに違いない。
膝の上にポタッと一滴の雨が落ちれば、やがてそれは強くなり・・・あっという間にリヴァイの身体を濡らし、身体を冷やして行った。

「ナマエ、すまない、許してくれ」

うわ言のようにそう呟き片脚に力を入れて立ち上がろうとするが、そのまま前のめりになり地面に顔を叩きつけられ、情けない声が出る。

何年も前にも泥水に顔を突っ込んだ事がある・・・口の中に泥の味が広がり、リヴァイは吐き出すとそのまま汚れるのもお構い無しにナマエの墓へと匍匐前進していった。

やっと思いでナマエの墓石にたどり着いて手に触れれば石独特のヒヤリと冷たく硬い感触。

リヴァイは片目を細めると、

「クソッ!」

拳を地面に叩きつけ、腕に力を入れて上半身を起こせば、ナマエの墓石を強く抱き締めた。

こんな事をする筋合いのない人間だと分かっているが、リヴァイはただ雨の中何も言わず墓石を抱きしめる。




雨にまじって暖かい物が頬を伝う。
リヴァイは涙を流しながら、ただひたすらナマエに謝り続けた。







その後、自分はどんな風に死んだのか分からないままその映像はモヤとなり消えてしまった。

ただ心に残るのは恋人に自分が死んだと嘘をつき、恋人を死なせてしまった。ただ幸せになって欲しいと願っての嘘が、逆に彼女を苦しませてしまった。




場面は切り替わり、目の前には片目しかない前世のリヴァイが車椅子に座ってこちらを見ていた。

それを見てリヴァイは思わず声をかけた。


「お前の人生を見せてもらった。どうや、悔いのある結果になっちまったみたいだが・・・」

そう声を掛けられた前世のリヴァイは悲痛な顔で目を伏せると

『もしまた、アイツに会うことが出来るのなら・・・謝りたい。』

「・・・そうか」

『テメェは俺と同じで変な所で不器用な所があるな。 言葉でもいい、態度でもいい。しっかり気持ちは伝えろ。悔いなき選択をしろ・・・大事なヤツが居るのなら、離れずにそばに居るんだ。俺みたいな、過ちはすんじゃねぇ』


その言葉だけが頭に思い浮かび、リヴァイはゆっくりと目を開けると目から涙を零していた。




「リヴァイ? ちょっと、大丈夫?」
「・・・ああ、平気だ」
「何があったの?」

身体を起こしたリヴァイは作業着からハンカチを取り出すとグイッと乱暴に目元を拭う。 泣いたのなんて、何年ぶりだろうか・・・しかしすこしスッキリしたリヴァイはハンジを見ると

「前世の俺はどうやらとんだクズ男だったらしい。いや、今でもクズ野郎だ。」
「ええっ! ちょっと、詳細!」
「すまんハンジ、詳細はまた明日だ。」

化学室を出て腕時計を見ると時刻は19時・・・あれから3時間が経ち、ナマエは帰ってしまっているかもしれない。

リヴァイは急いで荷物を持って車に乗り込むと、エンジンを掛けてナマエの家へと走らせた。



見慣れた道が見えてきたが、途中車の事故があったようでサイレンや救急車が止まっている。


「チッ、急いでるってのに」


リヴァイはウインカーを出して遠回りすると、ナマエのアパートメントの前にたどり着き・・・ナマエの部屋の前に立つと、深呼吸をしてブザーを鳴らした。


会ったらまずは謝る。殴られても、謝り続けよう。


そして面と向かって、この気持ちを伝えなければ。



・・・しかし、いつまで経ってもナマエのドアからは返事はなく、むしろ気配すらない。

「・・・買い物か?」

すると、尻ポケットに入れていた携帯から着信音が鳴り響き慌てて出すと、ハンジからの連絡だった。

「ハンジ、今忙し・・・」
『リヴァイ、落ち着いて聞いて欲しい。・・・ナマエが、事故に遭った』
「は・・・?」
『この雪でスリップした車が突っ込んできたみたいで、それに巻き込まれたみたいだ』


先程の事故現場はまさか・・・リヴァイは血の気が引き手が震える。

「病院はどこだ!」
『トロスト中央病院。私もすぐ行くから!』
「ああ」
『リヴァイ!とにかく落ち着いて、安全運転ね!』
「分かってる!」

リヴァイは走って車に乗り込むと思いっきりアクセルを踏み、サイドブレーキを掛けるとドリフトしながら角を曲がり、病院へと直行した。



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